祝・即位礼正殿の儀
今日は皇室のお話。
先週10月22日に即位礼正殿の儀が執り行われました。
天皇陛下が即位を内外に宣言されました。
本当におめでたいことです。
天皇陛下は今年5月1日に即位されました。
これ、正確には「践祚(せんそ)」と言います。
践祚とは、皇位を継承することを指し、戦前までは使われていた言葉です。
三種の神器のうちの剣と勾玉を継承します。
現代でも、剣璽等承継の儀(けんじとうしょうけいのぎ)と呼ばれる国事行為がこれに当たり、今年5月1日も行われています。
そして今回即位礼正殿の儀、正確には、これを「即位」と言います。
即位とは、皇位継承したことを内外に宣言すること。
戦前までは、上の意味でそれぞれの言葉が使われていましたが、
現代では践祚のことを即位、即位のことを即位礼正殿の儀と呼んでいます。
なんで言い方が変わったのか・・・
これは践祚という言葉が無くなったからなのですが、ではなぜ無くなったのか。その理由は、
よく分からないのです。
単に難しい言葉だから?なのか。それとも・・・
さて、ここからは、皇室の長い歴史に則って、「践祚」「即位」という言葉を本来の意味で使います。
天皇陛下は 5月1日に践祚され、10月22日に即位されました。
践祚から即位まで、だいたい半年後くらいですね。
上皇陛下(平成)のときは
平成元年(1989年)1月7日に践祚、翌平成2年(1990年)11月12日 に即位されました。
これは昭和天皇が崩御され、1年間に喪に服していた期間があるため、践祚から即位まで1年半以上空いています。喪に服した後、即位のお祝いをするという流れでした。
その前の昭和天皇の場合は、昭和元年(1926年)12月25日践祚、昭和3年(1928年)11月10日即位でした。
践祚から即位までの期間は、およそ1年半くらいのイメージですね。
ところで、この践祚から即位までの期間が、最も長かったのは後柏原天皇という天皇です。
では、どれくらいの年月だと思いますか?
3年?
5年?
いえいえ
正解は、
21年!
なんでそんなに間が空いたんや・・・
その理由は
お金が無かったから・・・
室町時代~戦国時代というのは、皇室にとって最も危機的な状況でした。
応仁の乱によって、京都の町は焼け野原となり、室町幕府は有名無実と化しており、京都は無秩序状態。
朝廷に入るお金が無い。だから即位式はなかなかできません。
ちなみに次の後奈良天皇も践祚から即位まで10年かかりました。
この時代の天皇陛下は、金銭的に苦労されました。
その後、織田信長の時代になって、皇室の財政難は解消されます。
そして今に至るまで、践祚と即位が無事に行われてきたのです。
皇室は2000年続いてきました。全てが順風満帆ということでもなく、即位式ができない!という危機もあったのです。
こういった知識の頭に入れておきながら、天皇陛下の即位をお祝いしたいと思います。